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井の中の目高
(後編) :
 仲間達と離され川へ突き落とされるメドゥルノ、
自然の荒波の中で、 もがきながらも力強く
冒険を続けていきます。しかし・・・。
この物語は、ブログに投稿していた記事を、まとめたものです。

 目 次 (クリックしますと本文へ飛びます。)

第24話 突然の別れ

第25話 水色の世界

第26話 狂気の日

第27話 新たな旅立ち

第28話 ひと時の生活

第29話 予期しない出来事
第30話 二度目の襲撃

第31話 新たな生活

第32話 はぐれ女

第33話 彼女との再会
第34話 衝撃の言葉
第35話 終焉

第24話 突然の別れ

メドゥルノ達は、日毎に成長する我が子の様子を遠目に覗いたり、時折顔を出しては冗談話で盛り上がる仲間との時間を大切に、幸せな日々を過した。
ヒトミは、いつの間にかメドゥルノよりも大きくなり、この辺りでは一番大きな子として知られるようになっていたけれど、いつも「おばさん」と呼ばれて「まだ若いのに」と不満ばかり口にしていた。それでも、ヒトミに色々と相談に来る子は多く、いつも忙しそうだったが充実した毎日を送っていた。
事件が起きるまでは。
 その事件は、日差しが暖かく眠くなるような昼下がりに起きた。
巨大な白い布のようなものが、突然、メドゥルノ達の住処を襲ってきたのだった。その巨大な布のようなものは、水面へ舞い降りたと思うと「ウォー・・・。」と轟音を響かせて近付いてくる。布のようなものが押し寄せてくる勢いに乗って、静寂だった水は急流と化し、うねりを上げて暴れまわり、底の石ころや林を構成している木々の枝までももぎ取られて舞い上がり、砂塵となってメドゥルノ達に覆いかぶさった。
 水の勢いに負けた仲間達は、有る者は林の向こうへ投げ飛ばされ、有る者は岩の間へ突き落とされ、近くに在る物にしがみついた。
メドゥルノも、水の力に負けまいと泳ぎ続けたが、布のようなものの大きさは、メドゥルノが逃げ回る範囲を遥かに超えた幅で、覆い囲むように近付いて来る為、僅かな隙間を抜けて横へ逃げ出すのがやっとの状態だった。
横へ逃げ出して、白い布のようなものが動く方向とは反対のほうへ泳ぎ、うまくすり抜けたと思ったメドゥルノだったが、その布のようなものは向きを変えてメドゥルノの方へ寄ってくる。さらに回り込んで逃げ出しても、やはり、メドゥルノの方へ向かってきた。
岩の間へ潜り込んだメドゥルノだったが、布のようなものは、その岩をもひっくり返してメドゥルノを襲ってきた。
 そして、メドゥルノと反対の方向へ多くのメダカ達が逃げたのに、そちらの方へは行かないのだった。
「あの化け物は、ボクだけを狙っているみたいだ。」
と思ったとおり、他のメダカ達は砂底や林の間に隠れてしまい、メドゥルノだけが逃げ回る状態になった。
追いかけられ回され続けたメドゥルノは、とうとう、恐ろし谷の上に追い詰められた。
「下は袋小路だし後ろは鏡で囲まれている。横しか逃げ道はないということか・・・。」
白い布のようなものは休むことをせず、メドゥルノの目の前まで近付いてきた。
近付くと、その布のようなものは一段と大きく見え、「アッ。」と思ったときには、鏡の両端まで閉じられてしまい、横への逃げ道が塞がれた。
 メドゥルノは、鏡にヒレが触れたまま、擦るように谷底へと降りていった。すると、布のようなものも少しずつ下りてきて、底から巻くように堰き止められた。
上へ上がると、同じように浮き上がってくる。
「もう逃げ場はない。」と思ったメドゥルノは、勝負することにした。
「ヤアー。」と大声を上げて、白い布のようなもの目掛けて自分から立ち向かって行った。
メドゥルノが突っ込んだ途端、布のようなものは翻り、大きな白い世界に包み込まれた。
布のようなものは、とても柔らかく、とても優しく、メドゥルノの体を落ち着かせるように抱いてくれているかのようだった。
「これは、何なのだろう。」
ほんの少しだったのだろうけれど、夢のような時間が通り過ぎた。
 その後、布のようなものはメドゥルノを乗せたまま水面へと浮き上がり始めた。
「どういうことだ。」
水面に近付くに連れて、布のようなものの目の間から水が外へ抜けている。
「大変だ。」と思っても、瞬く間にメドゥルノを包んでいた水は完全に無くなり、水の世界から引き上げられたようだった。
「息が出来ない。」
暴れまわるメドゥルノだったが、水が無くなった世界では、転がるか這って動くことが精一杯だった。
「ボクは、此処から出て行くことは出来ないんだ。まだ、やることがたくさん残っているのに・・・。」
どんなにもがいても、進むことも戻ることも出来なかった。
もがけばもがくほど、力が薄れていく。
「助けてくれー・・・。」
叫んでも聞こえるはずなどない声をあげた後、メドゥルノは気を失ってしまった。




第25話 水色の世界

どれくらいの時間が流れたのだろう。
尻尾を何者かに突かれて、気が付いた。
メドゥルノは、平らで何もない床に横になっていた。
少し頭が重い気がしたが、特に傷などを負っている感じはしなかった。
「何者かがボクの尻尾を突いていたようだけれど。」
すぐに起き上がり、平らな床にへばりつくようにして周囲を見渡した。
水は良く澄んでいて遠くまで見渡せたけれども、右も左も前も後ろも、床までもが水色一色の世界だった。
そして、水色の世界には様々な色や大きさの魚が泳いでいた。
黒くて大きいものや、白っぽく透明感のある小さいもの、薄茶色だったり、黒いまだら模様が入ったものもいる。
「あっ、あいつはボクと同じ色をしている。」
群れ泳ぐ魚達を、ただ眺めているだけのメドゥルノだった。
と、そこへ一匹の小さな子が、群れから外れて近付いてきた。
その子は、銀色というか、白っぽい体をしていたので、周囲の水色に溶け込んで透けているように見えた。
「やあ。」
メドゥルノが、その子の姿を見て、
「あれえ、君はメダカなのかい? でも、赤く無いんだね。」と問いかけると、
「ワァッ、しゃべった・・・。」
その子は驚いたように後ずさりした。
「大丈夫だよ、襲ったりしないから。」
その子は近付いてきて、
「君だって赤くないじゃないか。赤いメダカなんて見たこと無いよ。捜しにでも来たのかい?」
「そうじゃないけれど・・・。」
メダカは赤い魚だと思っていたメドゥルノには、驚きであった。
「色々な色のメダカがいるんだね。」
「そうだよ、ボクもここへ来たときには驚いたよ。メダカは白いものだと思っていたからね。」
「ボクは、メドゥルノ、よろしく。」
「君、名前は何て言うの?」と、メドゥルノが聞くと、
「名前? 何それ?」と、首をかしげていた。
 「僕達が住んでいた所では、お互いを呼び合うときに都合が良いように、それぞれの特長を言葉にした名前をつけて、区別が付くようにしていたんだ。」と、メドゥルノが説明すると、
「フーン。」と、分かったような分からないような様子だったが、
「それじゃ、ボクが君の名前を付けてあげよう。体が白いから『シロ』っていうのはどうだい。」
「でも、僕達皆、体は白いよ。」
「大丈夫だよ。ボクが始めて見た白い子だから『シロ』でいいんだ。他の子には違う名前を付けるようにするからね。」と、メドゥルノの言葉に、尚いっそう分からなくなったようで、さらに首をかしげていたけれど、「シロ」という名前は気に入ってくれたようだった。
「ところで、何故、ボクが話しかけたことに驚いたの?」とメドゥルノは聞いてみた。
シロは、「僕達の間では、声を出すとたたりがあると言われて、誰もしゃべらなかったから。」と答えた。
「フーン。でも、言葉が通じないと不便だよね。」
「そんなことはないよ。ほら。」と言って、シロは尻尾を振ったり、体をくねらせたりして、しぐさが表わす意味を教えてくれた。
「それじゃあ、その辺にいる連中に、しぐさで聞いてみようかな。」と、メドゥルノがキョロキョロしていると、
「駄目だよ。ここの連中には通じないよ。」と、シロが引きとめた。
「エーッ。」
「ボクも、此処へ来たのは3日前なんだ。来たときには水色一色で、ボク以外には誰も居なくて、泣きながら誰か居ないかと捜し回ったよ。そしたら、色んな色をした奴が、一匹、また一匹と上から飛び込んできて、ぶつかりそうになるものだから、隅っこのほうに逃げていたんだ。君が飛び込んできたときには、ボクの前まで転がってきて眠っているみたいだったから、大丈夫かなと心配したよ。」
「ありがとう。ボクも皆と同じように飛び込んできたんだ。」
「知らなかったの?」と、シロの驚いた様子に、
「ウン。どうも、気を失っていたみたいだ。」と答えた。
少しずつ状況が掴めてきたメドゥルノは、また、いつもの好奇心が湧き上がってきたのだった。
 「シロ。探検に行かないか。」との、メドゥルノの誘いに、
「探検? 面白そうだね。」と乗ってきた。
ふたりは、お互いの仲間のメダカがいないか捜しに回ることにした。
「まずは、こっちだ。」と、メドゥルノ達が左の方へ向いて進もうとすると、
ゴツンと、メドゥルノが頭をぶつけた。
「イテーッ。」すぐ傍に水色の壁があった。
「じゃあ、こっちだ。」と、反対側へスイーッと進んだと思えば、また、ゴツン。
「イテーッ。」また、水色の壁だった。
「こんなに、どちらも水色ばかりじゃ、どこまで続いているのか分からないよ。」
「アハハハハッ。アハハハハッ。」シロが大笑いしながら近付いてきた。
「体の感覚で分かるだろう。」と言って、壁の前で体をくねらせて、尻尾で壁をたたいて見せた。
「そうだね。ボクは目に頼りすぎていたんだね。」ちょっと恥ずかしそうに笑い返すメドゥルノだった。
ぶつからないように注意しながら進むと、壁に突き当たった。
「右へ行ってみよう。」
少し進むと、また、壁に突き当たった。
「もう一度、右だ。」
少し進むと、また、壁に突き当たった。
「よし、もう一度、右だ。」
ふたりは壁に沿ってグルグルと回っていた。
「そうか、ここは狭いんだ。」とメドゥルノの言葉に、
「そうだよ。」とシロが答える。
「知っているのなら言ってくれよ。」
「いやあ、何をしているのかと思って。」
「この狭い中に、どれくらいの魚がいるのだろう。」
「そうだね、色違いのメダカばかり、20匹程だよ。」
「良く知っているんだ。」
「毎日、数えていたから。」
「誰も知り合いはいないの?」
「ウン、皆、違うところから来たばかりみたいだし、恐ろしくて声なんて掛けられないし。」
と、弱気なシロの話を聞いて、
「それなら、任せておきな。」と、メドゥルノは、近くに居た手頃なメダカに声を掛けてみた。
「やあ。」と言うなり、そのメダカは向きを変えて逃げていった。
それならばとばかり、上のほうにいた子に、
「やあ。」と声を掛けると、その子も避けるようにして離れていく。
初めての経験にショックを受けたメドゥルノだった。
「無駄だと思うよ。皆、他の世界から無理やり連れてこられて、誰も信じられなくなっているんだよ。」
このままではいけないと思いながらも、どうすることも出来ないもどかしさにいらだつメドゥルノだった。
その夜は、シロと共に、底の隅っこに引っ付いて眠るメドゥルノだった。
「シロ、ボクは今日初めて生まれ育った所とは違う世界があることを知ったよ。メダカは赤い魚だと、ずっと思っていたし、皆、家族のように打ち解けあって生きていくものだと信じていたし・・・。」
メドゥルノが小声で囁くと、
「ボクもだよメドゥルノ。僕達は皆、白いと思っていたし、黙っていてもお互いに分かり合えた。」
ふたりは、この前までの当たり前の生活をいとおしく思い、明日から何が起こるのだろうかと不安に駆られながら一夜を過した。




第26話 狂気の日

目覚めた朝、水色の世界は深い霧に包まれていた。
昨日は、あれほど輝いて見えた近くに居るであろうメダカ達の姿も見えることなく、時折、影のように灰色の塊が何処からとも無く現れては消えていくのだった。
「アッ、シロがいない。」
メドゥルノは、「シロー・・・。」と叫びながら、見えない風景の中で目を凝らして捜した。
遠くから呼ぶ声が聞こえた気がした。
水色の底に胸ビレをつけながら、探るように声が聞こえた方へ向かっていく。
突然、大きな黒い物体が目の前に現れ、避けようとしたが避けきれずにぶつかり、跳ね飛ばされた。
「イテテッ。これは何だ。」
よく見ると、それは黒いメダカの死体だった。
メドゥルノの脳裏に悪い予感が沸いてきた。あの流行病のことが頭を掠めたのだった。
黒いメダカの死体を避けて、さらに進むと、また黒い塊が現れた。
「どうなっているんだ。何があったんだ。」
再度、「オーイ。」と叫んで、シロの居場所を確認した。
今度は、返事が無かった。
「何処にいるんだ。返事してくれ。」
叫びながら、更に先へ進むと、また、白い死体が現れた。
メドゥルノは、シロなら絶対に大丈夫だと自分に言い聞かせて、先へ進んだ。
その先に、横たわって息をしている白いメダカを見つけた。
「シロ!」
メドゥルノが見つけたときには、シロは立って泳げない状態だった。
メドゥルノが駆け寄ると、
「メドゥルノ、上へ行っちゃ駄目だ。」と小声を発した。
シロは水面へ上がるために上へ向かう途中、急に体が痺れて動けなくなったのだ。
「シロ!」と、もう一度呼びかけたが、息苦しそうに横たわるだけのシロだった。
死んだメダカ達は、おそらく水面近くで眠っていたために、上の方に漂っている毒矢に当たって果てたのだろう。
メドゥルノは、どうすることも出来ないもどかしさと見えない恐怖に怯えて、身動きできずに居た。
狂気に怯える時間が、どのくらい流れたのだろう。
「動くべきか。」と、考え始めた頃、また事件が起きた。
ガタッ。
何かの物音がしたように感じた次の瞬間、メドゥルノを取り巻く水が揺れ始めた。
それは、次第に大きく波打つようになり、メドゥルノ達の体も右に左に揺す振られたかと思うと、底が左に傾き、転がるように下側になった壁へ叩きつけられたかと思うと、今度は、反対に傾き、体が床を転がってしまう。
「底が揺れている」
泳ぐ力の無いメダカや屍は右に左に転がり、メドゥルノに襲い掛かってくる。
それを避けるように、メドゥルノは必死に泳ぎ続けた。
何度かの揺れが続いた後、留めの如く、底が左に大きく傾き、強烈な濁流と化した水は水色の世界の縁から流れ出す。中にいた全ての者を連れ出すかのように、濁流に巻かれながら飛び出していくのが見えた。
メドゥルノは、傾いたことで深くなった角の奥に逃げ込んで、流されまいと抵抗した。
水色の世界は更に傾き、今まで底であった部分が大きな壁になって迫ってくる。
メドゥルノが逃げ込んだ角の水も、次々と押し流され浅くなってくると、流れは更に速くなり、メドゥルノを水色の世界から外へ引きずり出そうとするのだった。
「もう駄目だ。とても、ヒレの力では止めることができない。」
最後に残った僅かな水の圧力に押され、メドゥルノは水色の世界から放り出された。
もう、命はないものと思ったメドゥルノだった。




第27話 新たな旅立ち

次の瞬間、尻尾の部分に叩きつけられたようなショックを感じたと思うと、水の中に体が飛び込んでいた。
「イテテッ。」
水に当たった衝撃で尻尾の部分には少し痛みがあったけれど、口やヒレは普通に動かすことが出来た。
「尻尾の方から落ちたおかげで助かったみたいだ。」
やがて、白く濁っていた霧が晴れて、視界が開けてきた。
濁った水が流されていく方向に、泳げないのだろうか、それとも、屍なのだろうか、ゆっくりと流されていく塊が見える。白い水が、次第に薄まって広がっていくのに連れ、塊達は散り散りに沈んでいった。
メドゥルノは、ただ呆然と眺めることしか出来なかった。
体は疲れきっていた。
ヒレを動かすのを止めると、深く暗い水の底へとゆっくりと沈んでいく。
段々と、周りのものが見えなくなってきた。それでも、まだ、ゆっくりと沈んでいく。
メドゥルノは眠ってしまっていた。
闇の世界は、深い深い水の中へ誘い、メドゥルノの体をそっと受け止めてくれたのだった。
どれくらい眠ったのだろう。目覚めたメドゥルノは、まだ闇の中にいた。
柔らかく細い糸のようなものにメドゥルノの体は包まれていた。
何も見えなかったけれど、ここが広い空間で、遥か彼方まで水に覆われた世界が続いているのだろうと、肌で感じた。
それは、メドゥルノの本能が感じさせたのだろう。
何故か、穏やかな気持ちで見えない世界を見ているメドゥルノだった。
次第に、上の方から明るくなり始めているのが分かった。暗黒の世界は少しずつ青みを帯び、遠くの方は薄白く輝くようになってきた。
「あの時のようだ。」
メドゥルノは、生まれたばかりのときに見た、初めての世界を思い起こしていた。
白い輝きは少しずつ拡がって、自分の近くまで届くようになってきた。
しかし、そこに泳ぐ魚の姿は一つもなかった。
メドゥルノは、細くて短い植物が茂った上に横たわっていた。
光が届くようになり周囲を見渡すと、その短い植物の群れは、一面に緑のじゅうたんを敷き詰めたように、遠く遠くまで続いているようだった。
「こんなに広いところにボク一人だけなのか。」
メドゥルノは急に一人ぼっちになった恐怖に襲われ、狂ったように泳ぎ出すのだった。
 泳いでも泳いでも、緑のじゅうたんは続いていた。
自分は何処へ向かおうとしているのか、何を捜しているのか、これからどうすれば良いのかさえ分からず、ただひたすら泳ぐしかなかった。
泳ぎ疲れてヒレも尻尾も動きにくくなった時、体に強い衝撃を受けて立ち止まった。
泳ぐのを止めて留まろうとした時、じゅうたんが急にざわめくように音を立て、メドゥルノは転がるように流される。
「ワアー。」
次の瞬間、また強い力で押され、今度は吹き飛ぶかの如くの勢いで流された。
「助けてくれー。」
泳ぐことさえままならず、流され続けた先に大きな岩が現れた。
「ぶつかるーう。」
岩の手前で流れは急に向きを変え、岩を避けるように進んだ先で渦巻き、渦に飲み込まれた後、そこから持ち上がるように跳ね返される。
少し先に、岩の隙間が見えた。
「あそこだ。隙間へ入り込めば抜け出せて助かる。」
メドゥルノは必死で流れから抜け出し、岩の隙間へ飛び込んだ。
岩の隙間は、何事も無かったかのように穏やかだった。
「フウー、助かった。奥の方はどうなっているんだろう。」
「上は隙間が狭まって行き止まりのようだけど、下の方ならば行けるかもしれない。」
岩に沿って降りていくと、奥まで隙間が続いているようで、底には緑の藻のようなものが伸びていた。
「かなり暗いなあ。」
メドゥルノは、何者かが襲ってきたりしないものかと、ビクビクしながら少しずつ奥へと進んだ。
「アッ、光が見える。」
奥の、その奥に小さな光の束を見つけた。
近付くと、その部分だけ上が開いていて、水面らしき明るい光が見えた。
急いで駆け上がると、細い溝を伝って、岩の反対側へ抜け出すことが出来た。
そこには、広く浅く、日に照らされた緑のじゅうたんが、ゆるい流れにそよいでいた。
「なんて美しいんだ。」
今までの恐怖も忘れて緑の中へ飛び込んだ。
「ウワァー。」
沢山の黒い小魚達が、突然、飛び込んできたメドゥルノに驚いて緑のじゅうたんから現れた。
 小魚達は、少し離れた所に固まって様子を見ている。
メドゥルノが駆け寄ろうとすると、サッと散らばって逃げたかと思うと、また少し離れた所で集まってこちらを見ている。
「あれは、メダカじゃないなあ。」
その小魚は、スラッと細長く、尾ビレの形も両端が尖ったようになっていて、いかにも俊敏そうに見えた。
今度は、ゆっくりゆっくりと近付いていった。
しかし、ある所まで近付くと、先程と同じようにサッと散らばり、離れた所へ集まる。
何度やっても同じ繰り返しだった。
「チェッ、友達になりたいのに。」
「でも、彼らにしてみれば、ボクが襲ってきているのだとしか思えないんだろうなあ。」
そう思いながらも、何とか近付きたいメドゥルノは諦めきれずに少しずつ近付いて追いかけていた。
すると、小魚達の後ろからメドゥルノの何倍もあるような魚が飛び出し、メドゥルノ目掛けて襲ってきた。
「ワアー。」
血相を変えて逃げるメドゥルノ。
しかし、少し離れると、その大きな魚は向きを変えて、小魚達の後ろへ消えていった。
「ビックリしたー。」
「それにしても、かっこいい魚だったなあ。」
変な所に感心しているメドゥルノだったが、近くで笑い声がするのに気付いた。
久々に耳にする声だった。
「誰か居るの?」
メドゥルノが叫ぶと、先程メドゥルノが抜け出してきた岩の隙間から、一匹の黒っぽい魚が現れた。
「何しているのかと思って見ていたら、可笑しくなって。珍しいわね、ハヤの子にちょっかい出すなんて。」
「ヘェー、あの小さな魚はハヤって言うんだ。」とメドゥルノが聞くと、
「エッ、ハヤを知らないなんて。あなたもメダカみたいだけれど、何処から来たの?」
メドゥルノは、
「分からないんだ。」と答えた。
その子は、
「変なの。」と首をかしげた。
「水色の世界から押し流されて、暗黒の谷に落ちて、緑のじゅうたんから急に流されて、岩の隙間から抜け出したらここに来ていたんだ。」
メドゥルノの言葉に、尚一層、不信に思ったのだろう。
「分かった、分かったから。」と言って、岩の隙間へ戻ってしまった。
「なんか、変な風に思われてしまったなあ。」
「ちょっと待ってよ。」
メドゥルノはその子を追いかけて付いていった。
「ねえ、ここは何処なの。」
「知らないわよ。」
「仲間は何処にいるの。」
「そんなの、いないわ。」
「じゃあ、仲間になろうよ。」と言いながら、メドゥルノは近付いていった。




第28話 ひと時の生活

 「あなたって変わっているわね。会ったばかりなのに、仲間になろうだなんて。」
「そうかなあ。ボクが前に居た所は、皆、助け合って生きていたのだから、仲間になるのは当たり前のことだと思うけど。」
「水色の世界のこと?」
「いや、もっと前のことだよ。ここほど大きな岩や谷じゃなかったけれど、岩山に囲まれて草木が茂った静かな所で、たくさんのメダカ達が集まって暮らしていたんだ。少し離れた所に他の仲間達の集落も幾つかあって、遊びに行ったりしていたんだよ。」
メドゥルノが楽しそうに説明するものだから、その子も興味が出てきた様子だった。
「私も、小さい頃は沢山の兄弟達と暮らしていたのよ。もっと浅くて、白い砂が敷き詰められた所に草が生えていたの。私達は草の間に隠れて、見付からないようにしていた。何からなのかは分からなかったけれど、見付かると命はないと聞いていたから。でも、ある日、地面がひっくり返って、砂が舞い上がり、草は根こそぎ流されてしまったの。助かろうと必死で泳いだけれど、砂ごと何処かへ突き落とされて、気が付いたら草の枝に絡まって動けなくなっていたの。何とか抜け出したけれど、皆バラバラに何処かへ行ってしまって、それからずっと一人きりよ。」
「そうか、大変だったんだ。」
何となく、打ち解けた気がしていたメドゥルノだった。
その日は、岩の隙間に身を寄せて、二人は眠った。
次の朝、メドゥルノは食べ物が降ってくるのを待って、水面の方を見ていた。
「彼女はまだ眠っているのか。お腹空かないのかなあ。」
岩の隙間には、まだ眠ったまま動かない彼女の姿があった。
待っても待っても降ってこない食べ物に、待ちくたびれたメドゥルノは、近くに食べられる物がないか探すことにした。
緑のじゅうたんをかじってみたが、硬くて食べられそうにない。葉を引っ張っていると小さな魚が一匹飛び出してきた。追いかけようとしたら、驚いて泳ぎ去ってしまった。
「別に、キミを食べるつもりはないよ。」とつぶやきながら眺めていた。
「こちらの岩についているコケみたいなものなら食べられるかも。」
少し突いてみると、細い紐のようになって水に漂った。大急ぎで端を銜えると、手繰り寄せるように口に運んだ。
決して美味しいと言えるものではなかったが、何も無いよりはましだと思い、無心に啄ばむメドゥルノだった。
気が付くと、彼女が後ろで見ていて、
「そんなもの食べているの?」とつぶやいた。
「ずっと待っていたんだけれど、食べるものが降ってこないから、待ちくたびれて何かないかと探してたんだ。」
「ここでは、食べ物が降ってくることなんて無いわよ。食べ物があるところを知っているから連れて行ってあげるわ。」
メドゥルノは彼女の案内で、食べ物がある場所へ出掛けた。
「やっぱりね、食べ物が降ってくる場所って決まっているんだね。」
道すがら、メドゥルノは昔いた住処の近くの食事場所へ始めて行ったときの事や、上手な食べ方などを話しながら泳いだ。
 食べ物のある場所は、岩の隙間を奥へ進み、右側の谷の間を通り抜けて、さらに、ごろ石が散在するところを通り、その先の岩の横に有る丘を乗り越えた先にあった。
そこは、細かい砂が敷き詰められた窪みになっていて、所々に細い草が生えていた。
彼女は、草の際を口で少し掘ると、水を吹きかけた。
すると、小さなエビのようなものが飛び出したかと思うと、彼女は、パクリと飲み込んだ。
「ウーン。これを食べると他のものは食べられないわ。」
おいしそうに食べる彼女の姿を見て、メドゥルノのお腹がグーと鳴った。
「よし、やってみよう。」
メドゥルノは、真似して草の際を少し掘り、水を口に含んで吹きかけた。
しかし、砂埃が舞っただけで、何も飛び出してこなかった。
「こちらの方が良さそうだ。」
少し高い草丈がある辺り同じようにやってみたが、やはり、何も飛び出さない。
メドゥルノは周辺をウロウロして何度も掘ってみたが、全く食べ物が現れる気配もなかった。
少し離れた所で、彼女は、またパクリとおいしそうに食べている。
「変だなあ。」
首をかしげながら彼女の様子を見ていると、草の際を覗き込んで何かを探しながら泳いでいたかと思うと、何かを見つけたのか、駆け寄って掘り返し、出てきたエビのようなものを飲み込んでいた。
「どうすれば、見付かるんだい。」と、遠慮気味に問いかけたメドゥルノに、彼女は驚いたように、
「穴が目印に決まっているじゃない。」と答えた。
周囲を見回してみたが、細かい砂が敷き詰められた中に草が生えているだけだった。
「穴なんて無いじゃない。」とメドゥルノが言いかけたとき、少し先にある草の脇に小さな穴が開いているのを見つけた。
彼女は駆け寄り、水を口に銜えて吹きかけたかと思うと、また、飛び出したエビのようなものをパクリと口に運んだ。
「そうか、穴を捜せば良いのか。」
今度は大丈夫だと思い、右に左に行ったり来たりして穴を捜したが、彼女が通ったあとに穴を見つけることが出来なかった。
がっかりしている様子を察したのか、彼女が近付いてきて、
「この辺りには少ないのよ。奥に見える平らな岩の向こうへ行けば、たくさん居るわよ。」と教えてくれた。
「一緒に行こう。」とメドゥルノは誘ったけれど、
「私はここで十分だから、一人で行って来ればいいわ。待っていてあげるから。」との彼女の言葉に、
「分かったよ。」と、メドゥルノは喜んで平らな岩が見える方へ向かった。




第29話 予期しない出来事

平らな岩に近付くと、遠くから見るのとは違って遥かに大きくそびえる様に迫って見えた。
岩の傍らは、丘のように盛り上がった砂から、水面に向けて伸び出している背の高い草に覆われていた。草の間を縫って奥へ抜け出すと、先ほどの食事場所と同じように細かい砂が敷き詰められて、小さな草が点在していた。
よく見ると、小さな草の際の所々に小さな穴が開いている。
メドゥルノは慌てて駆け寄り、穴の縁の砂を掘り起こして水を吹きかけると、穴から小さなエビのようなものが出てきた。
「今だ。」
パクリと飲み込んだ。
初めて口にした食感だった。
良く分からなかったけれど、何となく美味しいと本能的に感じたのだった。
「ようし、もう一口。」
少し離れた所にある穴の方へ眼を向けたとき、周囲を照らしていた光を大きな影が遮った。
「ワアッ。」
メドゥルノは、目の玉が飛び出しそうになった。
影の主は、メドゥルノの何倍、いや、何十倍もあるかと思うような大きな口で、襲ってきたのだった。
すかさず、横へ回ったメドゥルノだったが、大きな口は向きを変えて吸い込もうとやってくる。
水の力は強烈で、周囲の砂や小さな草まで口へ吸い込まれ、あるいは舞い上がって、一面が砂嵐のようになった。
吸い込まれまいと必死で逃げるメドゥルノに、大きな口は執拗に追いかけてきては砂嵐を巻き起こす。
メドゥルノの周囲は、砂の谷のように地面が抉り取られ、草という草が吹き飛ばされた。
「ここしかない。」
メドゥルノは、間一髪、平らな岩の下へ潜り込んだ。
それでも、大きな口は水を吹きかけてきては岩の下を掘り返そうとしてくる。
メドゥルノの体にも砂がぶつかり、埋もれそうになりながらも岩の下側にしがみついていた。岩が少し浮いたのか、ガタガタと音を立てて震えている。
岩と地面の間に少し隙間が出来たのでメドゥルノはさらに奥へ潜り込んだ。
「ブルブル。もう逃げ場が無い。これ以上、岩をひっくり返されたら終わりだ。」
神に祈るような気持ちで辺りが静まるのを待つしかなかった。
砂は相変わらず舞っている様で、メドゥルノの体にも降ってくるのが感じられ、時々、岩が震えて少しずつ動いているような気がした。
いつしか、辺りは薄暗くなり、砂嵐も納まって静まり返った。
「諦めたみたいだ。」
恐怖に体がうまく動かないメドゥルノだったが、少し安心したのか、半分砂に埋もれたまま眠ってしまった。
 翌朝、木の枝が岩にぶつかる音で目覚めたメドゥルノは、飛び起きて、ヒレや尻尾の砂を払った。
所々傷ついていたけれど、泳ぐことに支障は無かった。
周囲を見渡したメドゥルノは、余りの変わりように驚いた。
昨日、エビのようなものを食べていた場所は、広い砂原のようになり、背の低い草は全て消えてなくなっている。今、自分がいる岩の横の林も、株元が深くえぐられて、大きな株だけが残っていた。
「ここに居ては、何時また襲ってくるか分からない。」と思ったメドゥルノは、早々に引き上げることにした。
「確か、この辺りだったはず。」
彼女が食事をしていた場所へ戻ったメドゥルノだったが、彼女が居るはずも無かった。
メドゥルノは、彼女を捜しながら、最初に流されてたどり着いた岩の隙間へ戻ることにした。
「この枯れ枝が一杯の所を通ったはずだ。」
「この岩の前で右へ曲がったから、左へ行けば戻れるはずだ。」
「そうそう、こんな流れの有る所を渡ったっけ。」
少しずつ思い起こしながら進んでいった。
「そうだ、この石ころだらけの所を通り抜けた先が、あの岩の隙間があるところだ。」
メドゥルノは急いで石ころの上を通り、正面の草が茂った間へ潜り込んだ。
「アレッ、岩が無い。」
そこには、草が点在するように生えているだけだった。
草の間を、どんどん進んだ。
しかし、行けども行けども、同じような草が点在する景色が、永遠のように続いていた。
「しまった。何処かで間違えたんだ。」
途方にくれながらも泳ぎ続けるメドゥルノだった。
「ここが何処かも分からないし、お腹も空いたし。」
メドゥルノは、子供の頃を思い起こしていた。
あの頃は、皆が助け合って暮らしていたし、待っていれば食べるものも降ってきた。それが当たり前だった。
 ふと、我に返った。
「とりあえず、食べるものを探さなければ。」
メドゥルノは、周囲にあったものを手当たり次第に口に入れてみた。
「葉っぱのかけら?は硬くて喉に詰まるし、虫のようなものは、殻だけのようだし、つるつるした細長いものは、ヌメッとして気持ち悪い。ペッ。食べられそうに無いや。」
まともに食べられそうなものは見付からないまま、ウロウロするだけだった。
「疲れた。少し休もう。」
草の茂みに入って休むことにした。
「随分と遠くへ来てしまった気がする。やっぱり戻って探し直さなければ。」
メドゥルノは、明日は来た道を戻ろうと考えていた。
この日は、食事もできないまま、腹をすかして眠るメドゥルノだった。
次の日、夜明けと共にもと来た道であろう道を戻り始めた。
別に、道を覚えているわけでもなければ、目印を付けてきたわけでもない、ただ、本能的に、此処は以前通ったことがある場所かどうかを判断する力を持っているつもりだった。
それは、肌に感じる水の感覚や匂いのようなものであった。
「此処は通ったことがある。」
「ウン、確かに此方の方だ。」
思う方向へ向かっていくと、次第に流れが強まってきた。押し流されないように勢い良く泳いだ。少し気を抜くと水の力に負けて一気に流されてしまいそうであった。
「此処を超えなければ。」
流れの来る方向が少し左寄りに曲がりかけたところで、右側へ流れを避けるように抜け出た。
そこは、今まで底が一面草に覆われた景色から、一変して、大きな岩が点在する谷あいになっていた。
「そうだ、こんな感じの所だ。きっと、あの岩の隙間が近くにあるに違いない。」
暫く進むと、砂地に草がまばらに生えた所へ出た。
「此処ならば、あのエビのようなものが居るかもしれない。」
空腹に耐え切れなくなったメドゥルノは、辺りを探し始めた。
「アッ、小さな穴がある。」
メドゥルノは、彼女に教わったやり方で、穴にいた食べ物を食べることができた。
久々に口にした食べ物だった。
食べるということが、こんなにも難しいことであったのかと改めて感じた瞬間だった。
周辺を探すと次々に穴が見付かり、ここで思う存分食べることが出来た。
「こんな所があるのに彼女は知らないのだろうか。今度会ったら教えてあげないと。」
腹を満たしたメドゥルノは、再び岩の隙間を探して泳ぎだした。
勘を頼りに、泳いで泳いで、泳ぎ疲れた頃、あの岩の隙間へ通じる分岐点を見つけた。
「あそこだ。間違いない。」
大急ぎで駆け寄り、分岐点から左側へと通り抜けた。
目の前に、広々とした緑のじゅうたんが輝き、あの時と同じ景色が広がっていた。




第30話 二度目の襲撃

 「戻って来られたんだ。」
感慨深く眺めるメドゥルノだった。
振り返ると、そこには彼女の姿があった。
「無事だったのね。」
「あんなにデカイ魚が現れたのに、キミは大丈夫だった?襲われたりしなかった?」
「別に。」
彼女は、それが当たり前のことであるかのようにうなずいた。
「そうだ、あんなに危険な所でなくても、たくさんの食べ物が有る所を見つけたよ。」
とメドゥルノの言葉に、
「エエッ。」と、彼女は気が抜けたような返事をした。
「今度、連れて行ってあげるよ。食べ物の採り方を教えてくれたお礼にね。」
笑って話すメドゥルノに、
「あなたって、優しいのね。」と彼女は答えた。
次の日、メドゥルノは彼女を連れて、この前に見つけた食べ物がたくさんある場所へ出掛けることにした。
彼女は、「余り遠くへは行きたくないわ。」と、気乗りしないようだったけれど、
「たまには知らない所へ出掛けるのもいいことだよ。」と、背中を押しつつ進んでいった。
岩の隙間を抜けると流れの強い所がある。そこを避けるように淵に沿って泳いでいく。
「ボクが先に行くから付いておいで。」そう言って、メドゥルノは昨日泳ぎ続けた長い道のりを、後ろの彼女に気をつけながら辿って行った。
昨日とは反対に、流れに従って泳ぐことになり、思ったよりも楽に辿ることができた。
「食べ物がたくさんあった所は、この先の林を抜けた所だ。」昨日通った場所を思い出しながら、
「もうすぐだよ。」と、言いながら振り返ると、彼女は居なかった。
「アレッ。」と不思議に思ったメドゥルノは、
「少し戻ってみよう。」と戻りかけた所で、彼女が血相を変えてこちらへ向かってきた。
その後ろから、大きな魚が追いかけて来ているではないか。
「ウワァー。」
「助けてー。」
「こちらへ入るんだ。」
間一髪、彼女を林の中へ引き入れた。
すると、その大きな魚は、今度はメドゥルノ目掛けて襲ってきた。
彼女の居る方へ逃げるのはまずいと思ったメドゥルノは、仕方なく、反対側の急流へ飛び込んだ。
メドゥルノの小さな体では泳ぐこともままならず、水の勢いに振り回される枯枝のように流されて行き、流れが右に大きく曲がる手前で、突き放されるように横の浅瀬へ押し流された。
その弾みで、同じように流れてきた草に体が絡まるようにして引っ掛かり、メドゥルノは助かった。
大きな魚も、さすがに此処までは追いかけて来れなかった様だった。
 「負けるものか。」
草の間をすり抜けて、急流の下側の深くなった底へメドゥルノは潜り込んだ。
急な流れの底は、意外にも緩やかに水が流れていた。
「深い所は静かなんだ。」新しい発見であった。
「このまま底を這うように戻って行って、浅場の流れが緩やかな所まで出ればいいんだ。」と思ったメドゥルノは、底を這うように流れに逆らって泳いでいた。
黒い小さな魚が集まって泳いでいるのが見える。
「こんな所に、ハヤがたくさん居るんだ。」
彼女に教わった魚の名前を覚えていた。
今度は、底に引っ付いた格好をした魚が目の前に現れた。
「ワアッ、ぶつかる。」
流れに逆らって泳ぐことで精一杯のメドゥルノには、向きを変えることも止まることも出来なかった。
「ワアー。」と、ぶつかりそうになり声を発した瞬間、ヒョイとばかり、その魚は横へ動き遠ざかった。
メドゥルノは、その正体を見る余裕もないままに進んでいった。
「底の方には色々な魚が居るんだ。」
何となく楽しくなってきたメドゥルノだった。
少し先に林の様なものが見え、
「このあたりだろう。」
流れから少しずつ右へ右へとずれるようにして、林の近くまで泳ぎ続けた。
「今だ。」
流れの向きが少し変わっている所で林の中へ潜り込んだ。
その勢いのまま林を通り抜けると、昨日の食べ物があった場所へ出てきたのだった。




第31話 新たな生活

 一瞬、喜んだメドゥルノだったが、
「結局、彼女を連れて来られなかった。今頃、どうしているのだろう。」
気になりながらも、「折角来たのだから。」と、気を取り直して食事を済ませ、この辺りの様子を探ることにした。
この辺り一帯、様子を見ながら周っていると、至る所に小さな穴が開いていた。
「此処には、本当に豊富に食べる物があるんだ。此処へ移り住んだ方が良さそうだ。今度は、彼女を連れて移って来ることにしよう。」と、ひとり考えながら散策としゃれ込んでいた。
さらに奥へと進んだ所で、小さな魚の群れが近付いて来ているのに気が付いた。
「また、ハヤの子かな。」と暫く見ていると、その魚達はメドゥルノを取り囲むように並んで止まった。
よく見ると、それは全てメダカであった。
メドゥルノは声が出ず、唖然として立ち止まり、沈黙の時間が少し流れた後、集団の内の一匹が口火を切った。
「キミは、何処のものだ。」
メドゥルノは訳が分からなかった。
すると、また、
「キミは、何処のものだ。」と聞いてきた。
「何処のものとは、どういう意味なのですか?」とメドゥルノが聞き返すと、
「知らない顔だから、何処のものだと聞いたのだ。」
話を聞いていると、この辺りには3つのメダカの集落があって、それぞれの境界を決めて暮らしているらしい。
食事の範囲も決めているのに、メドゥルノがウロウロとしていたものだから、
「怪しい奴。」と、男達が寄って来たのだった。
「すみません、知らなかったもので。ボクは上流から流されてきて食べ物を探して此処へたどり着いたもので・・・。」と、メドゥルノはあるがままを説明した。
「怪しい奴では無さそうだ。」と、中の一匹がメドゥルノの方へ近付きながら言った。
「いいだろう。今日からキミは仲間だ。」
その日からメドゥルノは、この集団に加わることにした。
この集団が暮らす集落は、浅瀬に沿ってさらに下流へ下った所に有った。
細い葉の木が茂る間をゆるやかな流れが通り、居心地が良さそうであった。
茂みの間へ入ると、丁度、体を動かせる幅の空間になっていて、適度に日が遮られることで外からの目隠しにもなるようだ。
メドゥルノは此処で少し休んだ後、皆が食事に行くと言うので加わることにした。
食事場所は何箇所もあるそうで、同じ所へ全部が行くとすぐに無くなってしまうから、日によって違う所へ向かうとのことだった。
今日は、さらに下流にある淀みで食事をすることになった。
淀みには小さな虫が無数に集まっていて、他の魚達も先を競って虫に喰らい付いていた。
「ワア。」
飛び出そうとしたメドゥルノのヒレを、一匹が抑えて、
「気を付けないと此処のは気が荒いから襲われるぞ。」と、引きとめた。
皆は、そろりそろりと静かに近付いて虫を食べ始めると、メドゥルノも後ろについて流れて来る虫を口に銜えた。
味も香りも無く、もごもごして美味しいといえる物ではなかったが、文句も言ってられない。
メドゥルノよりも数倍大きな魚が勢い良く泳ぎまわる姿を横目に、腹を満たした。



第32話 はぐれ女

 集落へ戻って夜を過し、昼間は違う食事場所へ出掛けたり、新しい食事場所を探索して回ったりの生活が暫く続いたある日のことだった。
集団と初めて会った場所へ久しぶりに皆で出掛けることにした。
そこは変わらず、砂底に草が点在し、エビのようなものの小さな穴があちらこちらに見られた。皆は、思い思いに穴を掘っては、食事を楽しんでいた。
メドゥルノも久しぶりのご馳走と喜び、奥へと進んだ先に彼女が居るのを見つけた。
「やあ、キミも来ていたんだ。」と、メドゥルノが声を掛けたが、後の方にたくさんのメダカが居ることに気付いた彼女は、慌てて逃げ出した。
「何処へ行くんだ。」
メドゥルノが追いかけようとしたが、
「付いてこないで。」と叫び、振り切るようにして遠ざかって行った。
それを見ていた一行は、
「お前、あの子と知り合いなのか。」と、驚いた様子で問いかけてきた。
「以前、上流の方で知り合って、少しの間一緒だったけど。」とメドゥルノが答えるなり、一行は後ずさりしながら、
「あの、はぐれ女の仲間なのか。まさかと思ったけれど。」
口々に言葉を発するなり、メドゥルノから離れていった。
それ以来、メドゥルノが言葉を掛けようとすると、皆は避けるかのごとく逃げていくようになった。
「どういうことなんだろう。」
「何故ボクを避けるんだ、誰か、教えてくれよ。」
問い掛け様としても、誰もメドゥルノと言葉を交わそうとしない日々が続いた。
途方に暮れて、一人で皆から距離を置いて過すメドゥルノを見かねたのか、一匹の長老がメドゥルノのもとへ寄って来た。
「キミは、あのはぐれ女を知っていて此処へ来たのか。」
「良く此処まで無事に来られたものだ。」
メドゥルノには長老の言葉の意味が理解できなかった。
「ボクは、もっと上流から流されて来て、たどり着いた岩の隙間にいた彼女と知り合ったのです。彼女には食べ物の採り方も教わったし、他の魚のことも教えてくれたのです。」
「本当に、キミははぐれ女と居て何も無かったのか。」
長老の疑問は収まらなかった。
 「彼女が何か悪いことをしたのですか?」と、メドゥルノの問い掛けに、長老は思い起こすように話し始めた。
「あの頃、我々一族は、この広い一帯で協力し合って過ごしていた。それは、それは、大家族で、冷たい冬の日などはここら当たりも身を寄せ合って眠る仲間達で埋め尽くされる程だった。春には、たくさんの子らが渦を巻く様に泳ぎ回っていた。食べ物も一面に何処にでも何かしらあって、自由に食べることができた。しかし、ある日、大水がこの辺りを襲ってきて多くの仲間達が流されてしまい、この辺りの草も木も持って行かれてしまった。必死で土の中や穴蔵に逃げ込んだ僅かな仲間だけが生き残った・・・。生き残ったものの、辺りの景色は砂地獄と化し、食べる物もほとんど無い状態だった。それでも、皆協力し合って食べ物を探し、分け合いながら生き延びて、少しずつ子も増えてきた頃だった・・・彼女が現れたのは・・・。ヒレも傷ついて、まっすぐに泳ぐことすら出来なかった彼女を、我々は、助けて仲間に迎え、寝床を譲り、食べ物の場所も教えた・・・。」
長老は、つまりながらも話を続けた。
「ところが、彼女が現れて以来、教えた食べ物の場所が一夜で荒らされる事件が度々起こった。多くの仲間が彼女のせいだと言い張ったが、我々一部の者は、そんなことは無いと彼女をかばった。その事件が発端になり、我々は三つの集団に分かれてしまい、少ない食べ物を取り合い、寝所を守るために闘う日々が続くようになってしまった。それでも、我々は彼女を仲間にして守ることを選んだ・・・。それが、間違いだった。ある日のこと、彼女が良い食事場所を見つけたというので、若い仲間達何匹かで出掛けて行った。穏やかな日だった。私と共に残った者は、若い仲間が良い知らせを持って帰ってくると期待して待った。一日経ち、二日経ち、待ち続けても若い仲間達は帰って来なかった。何があったのか。もしかすれば、他の集団との争いに巻き込まれたのかもしれないと案じ、じっとしていられなくなった我々は、何処へ行ったのか分からないまま、捜しに出掛けた。行けそうな所はくまなく捜した。他の集団に出会って聞いて見ても知らないの返事だった。もう、諦めて帰ろうとしたとき、草に隠れている彼女を見つけた。とっさに彼女は逃げ出した。『待ってくれ』と追いかけようとした時、大きな魚が我々目掛けて襲ってきた。私は、間一髪で逃れたが、一緒に居た仲間が次々と飲み込まれた・・・。本当に一瞬の間だった。仲間を食い物にして遠ざかって行った。その時は、彼女も襲われそうになって逃げたのだと思っていた・・・。
だが、違っていた。他の集団でも彼女を見掛けた後、すぐに巨大魚に襲われる事件が続いた。我々は追跡を繰り返し、とうとう、彼女が巨大魚に我々の居場所を教えていたことをつきとめた。それから、他の集団とも協力して彼女を捕らえ、この辺りから出ていく事を約束させた。
それ以来、姿を見せなくなっていたのだが・・・。」
長老は、哀しい目をしていた。
「そんなに悪い子には思えなかったけれど、何か訳があるのかも・・・。」と思ったメドゥルノは、
「分けがあるんだ。皆、誤解しているだけだ。きっと。」と、もう一度、彼女に会うために出掛ける決断をした。



第33話 彼女との再会
 長老にだけは、彼女を捜しに行くことを伝え、メドゥルノは一人旅立った。
「この広い世界の何処に居るのだろう。」
考えながら泳いでいたメドゥルノは、とりあえず、最初に彼女と会った岩の隙間へ向かうことにした。
今回は、良く分かった道である、迷うことは無いであろうから彼女が隠れていないかを探りながらの旅であった。
草の間や流れの底を覗きながら進み、隠れることが出来そうな石なども持ち上げたりして細かく捜した。いつものように、小さな虫やハヤの子などが飛び出しては逃げていったが、メダカらしきものは見付かることなく、岩の隙間までたどり着いた。
「オーイ、誰かいませんか。」
メドゥルノは大声を出したが、何の返事も無く、ただ静まり返ったいつもの景色であった。
「しまったなあ。彼女に名前を付けておけば良かった。」
名前があれば、捜し易かったに違いないと後悔していた。
闇雲に捜しても見付からないだろうし、他に彼女が行きそうな場所など見当も付かない。
此処で彼女が現れるのを待つ方が賢明だと感じたメドゥルノは、この間まで住処にしていた岩の隙間で待つことにした。
時々、ハヤの子が近付いて来て、からかうように砂粒を飛ばしては仲間の所へ戻っていく。
「ボクは、いいおもちゃだね、ハヤの子君。」
何も出来ずにいる自分に、もどかしさを感じていた。
数日が経ち、待ちくたびれたメドゥルノは、もう彼女は此処へ戻ってくることは無いと思い、行きそうな所を捜して回ることにした。
考えてみれば、自分が今までに行動した範囲など狭いものである。一匹のメダカがどんなに頑張っても然程遠くへは行けないだろう。単純なもので、そう考えると急に気力が湧いてきた。
「よし、片っ端から捜してやろう。」
思い直したメドゥルノは、必ず見つけると自分に言い聞かせて、この場を後にした。
それから、どれほど捜しただろうか、大きな波に揉まれ、急な流れに押されて、体は傷つき、ついには、流れるままに深い淵に沈んでいった。
「もう、動く気になれない。」
深い水の底から、輝きながら流れていく水の鼓動を聞いていた。
その時、水の鼓動の中に、僅かな話し声がするのを感じた。
「もう、宛が無いわ。」
話し声と共に、大きな影が動いていく。
大きな影の横にいた小さな影が話しているのに気付いた。
「彼女だ!」
メドゥルノは、思わず浮き上がって行った。
 彼女の横に居たのは、いつもメドゥルノを襲ってきた奴だった。
メドゥルノと、その大きな奴は睨み合いになった。
「止めときなさい。こんなボロけた一匹だけを食べても腹の足しにならないわ。」と言って、彼女は大きい奴を引きとめた。
「いいことがあるわ、また、沢山食べさせてあげるから、下で大人しくしてなさい。」
それを聞いた大きな奴は、静かに沈んで行った。
「何故、あんな奴と一緒にいるんだ。」と、メドゥルノが叫ぶと、
「当然でしょ、私の仲間なのだから。その辺のメダカよりずっと優しくて、頼りになるわ。」
「それじゃあ、あの野郎に仲間のメダカ達を襲わせていたというのは、本当だったのか。キミは、助けてくれた仲間達を裏切ったのか。何故なんだ。」
メドゥルノは、涙を浮かべながら叫んでいた。
「仲間って、笑わせないでよ。最初に裏切ったのは、どっちなのよ。」
彼女は、悲しげに後ろを向いて、そのまま振り返ることも無く下にいる奴の方へ向かって行く。
「待てよ!」
日が傾きかけて薄暗くなった淵に、彼女の姿は溶け込んで消えた。
メドゥルノには、何があったのか予想も付かなかった。
ただ、長老に聞いた話を、何度も思い起こしていた。
「ボクは、どうすればいいんだろう。」
眠れない夜を過したメドゥルノだった。
ふと、昨日の彼女の言葉を思い起こした。
「いいことがあるわ、・・・。」
「大変だ。」と、飛び起きたメドゥルノは、仲間達の居るところへ大急ぎで向かった。
谷間を通り、岩を飛び越え、抜け穴をくぐり抜けて、泳ぎ続けた。
「急がないと、皆が危ない。」
必死だった。
やっとの思いで、細い葉の木が茂る間をゆるやかな流れが通る、あの見覚えのあるところへ近付いてきたのだった。
遠くに、メダカらしき集団の泳ぐ姿が見えた。
メドゥルノは、辺りを見回していた。
「いた!」
すぐ近くの岩陰に彼女の姿を見つけたのだった。
「皆、危ない、逃げろ。」
メドゥルノは、ありったけの大声を上げて叫んだ。
メドゥルノの声に気付いた集団は、散り散りに逃げていった。
後を追う、大きな影があった。
「ボクをおとりにするつもりだったんだ。何故、こんなことをするんだ。」
彼女に聞こえるように、つぶやいた。
「必ず此処へやってくると思って待っていたけれど、やはり、気付いていたのね。さすがだわ。」と言いながら彼女が近付いてきた。
「あのメダカ達とキミとの間に何があったのかは知らないけれど、仲間を売ることだけはボクが許さない。」
「カッコ付けてるのね。でも、あなたが仲間だと思っても、あのメダカ達にとっては、よそ者に過ぎないのよ。」彼女は、声を高らげた。
「そうかもしれない。だからと言って、あのメダカ達の生活を奪ってもいい分けではないだろう。」
「私も、以前はそう思っていた。少なくとも、あのことがあるまではね。」
「昨日も、最初に裏切ったのは彼らだと言っていたけれど・・・。ボクに訳を聞かせてくれないか。」
メドゥルノは、気持ちを抑えて、嗜める様に静かに答えた。
彼女も、少し落ち着いたのか、過去にあった出来事を話し始めた。
「そうね、確かに、一人急流に流されて岩に体をぶつけて、傷ついた私を助けてくれたのは、あのメダカ達だった。何処からともなく流されてきて素性も知れないような私を助けて、安全な住処も教えてくれたし、食べ物を運んできてくれた子もいた。優しいメダカ達にめぐり会えて、ここでならば、もう一度生きていくことが出来るかもしれないと思えた。
でも、すぐにそんなに甘くはないことを知った。悪いのは、あのメダカ達の仲間のメダカ達だったのよ。
毎日毎日、付回しては、詰って来たのよ、『何処から来たんだ、よそ者が。』って。それが段々エスカレートして、食べ物を見つけても横取りされ、昼も夜も交互に襲ってきては『出て行け。』と怒鳴られた。眠れない日々が続いた。我慢できなくなって、あのメダカ達に助けを求めようとしたのに、悪いメダカ達の言うことしか聞き入れなくて、悪いメダカ達に言われるがまま、私の言葉は無視された。『もう此処では生きて行けない・・・』体も心もボロボロになって、出て行くことを決意した。それを知った悪いメダカ達は、自分達の都合のため、私が食べ物を捜しにいくということにして追い出したのよ。そして、宛ても無く泳いでいて急流に流されそうになったところを、彼に助けられたの。」
「彼って、あのデカイ奴のことかい。」
「そう、コイという魚なの。」
「コイという名前か。」と、メドゥルノが口を挟むと、
「名前じゃないわ。コイという魚よ。」と、高い口調で答えた。
彼女は、そのまま話を続けた。
「言葉は通じなかったけれど、身振りで理解できることがたくさんあって、仲良くできたし、彼はとても優しかった。後で知ったのだけど、彼も此処で生まれたのではなくて、ある日に上流で突き落とされて、此処へ流されてきた子だったの。同じ境遇だから通じ合えたのね。でも、彼の居る深い谷の流れの強いところでは、私が生きていくことは出来なかった。そのことを察したのか、あのメダカ達の近くの浅瀬で一緒に暮らそうと連れて行ってくれたの。ただ、静かに暮らしたかっただけなのに、私が近くに居ることを知ったメダカ達は、また集団で襲ってきたの。彼が壁になってくれたけれど、集団で体当たりしてくるメダカの力に耐えられなくなって、防戦に出たことが、私がメダカ達を襲わせたことになってしまい、結局、そこからも出て行くしか無くなった。」
「そんなことがあったのか。」メドゥルノは、彼女の身の回りにあった出来事のつらさを想像していた。




第34話 衝撃の言葉
 「その後、私は貴方と知り合った谷間に住み着いたし、彼は深い谷へ戻るようになって、時々会うようにしていたけれど、渇水や大水があったときは、コイの食べ物が不足したものだから、彼の狩りに協力したの。彼にとっては生きるためのことなのだから、命を助けて貰った私が恩返しするのは当然でしょう。」
「でも、メダカを襲わせて、いい分けではないだろう。」
「同じメダカでも、住む所が違うのよ。所詮、よそ者はよそ者なのよ。」
「しかし、一度は助けてくれた仲間じゃないか。」
「だから、違う世界の生き物なのだと分かっても、今まであのメダカ達だけは襲わせることをしなかったのかもしれない。でも、私にとって仲間は彼だけなの。」
彼女は、また哀しい目をして遠くを見ていた。
メドゥルノは、彼女の気持ちを取り戻したい一心だった。
「キミもボクも、あのメダカ達だって、同じメダカだろう。生れた所が違うだけじゃないか。」
「そうよ、貴方も私も、彼も、違う所で生まれて此処へ流れ着いたの、だから、よそ者なのよ。此処にも何処にも、よそ者は要らないのよ!」
「そんなことはない。生まれ育った所が違うだけで、要らないなんてことがあるものか。」
「いいえ違うわ。貴方も私も、捨てられたのよ!」
メドゥルノの脳裏に衝撃が走った。
そして、心の中でつぶやいた。
「捨てられた・・・。誰に捨てられたんだ・・・。」
それ以上、言葉が出なかった。
少しの沈黙が続いた。
自分はよそ者である。自分は要らない。メドゥルノは、心が折れそうになりながら、目に見えない物と闘っていた。
遠くに、メダカの集団がこちらへ近付いて来るのが見えた。
その後を、大きな黒い影が追ってくる。
その姿を見ながら、メドゥルノは、
「だからといって、あのメダカ達の生活を潰して良い訳はない。ボクがコイを引き止める。」と言って、大きな影のほうへ向かって行こうとした。




第35話 終焉
 すると、彼女はメドゥルノのヒレを押さえて、
「貴方には関係ないわ。私が起こしたことなのだし、私にしか彼を止められない。」と言って、飛び出して行った。
慌てて後を追うメドゥルノの所へメダカ達が集まり、大きな影に向き合った。
「皆さん、ボクがあいつを上へ引きつけるから、皆さんは彼女と一緒に下へ逃げてください。」
「まだ、彼女をかばうのか。」とメダカ達の中の一人が言った。
「彼女は悪い子じゃない。彼女と一緒にいると、あのデカイ奴は襲ってこないから安全です。」
「しかし・・・、お前がやられるぞ。お前も一緒に逃げたほうがいい。」とメダカ達は忠告したが、
「ボクは大丈夫です。」と、前に出た。
大きな影はメドゥルノ目掛けて、近付いて来る。
メドゥルノには、策があった。
「あいつは体が大きいから、ボクのように小回りが利かない。逃げれば追いつかれるだけだから、反対に、あいつを交わして後ろへ回り込めば良いんだ。」
影の主である大きなコイは、メドゥルノの体の何倍もありそうな大きな口を開けて、襲ってきた。
「今なら、あいつにボクは見えていない筈だ。」
口の脇をすり抜けて、コイの背中を伝い、後ろへ回り込んだメドゥルノは、コイの方へ振り返った。
大きな体のコイでも、動きは速く、大きく向きを変えてメドゥルノの姿を追ってくる。
コイのヒレ音が水中に響き、大波がメドゥルノを襲ってきた。
波の勢いに流されそうになりながらも、夢中でこらえるメドゥルノ。休むまもなく続けて襲ってくるコイのしぶとさに、必死で交わしながらもメダカ達から離れていこうとするメドゥルノ。ふたりは、グルグルと輪を描きながら、水面へと浮き上がっていく。
「ようし、このまま逃げ切れば、あいつも諦めるだろう。」
と思ったのも束の間、コイは、メドゥルノを追いかけるのを止めて、メダカ達の集団が集まって隠れている方へ降りていく。
「しまった。あいつは、ボクを狙っているわけでは無いんだ。」
メドゥルノは、慌てて、コイを追いかけて行く。
大きなコイは、メダカ達が集まる砂底へ降りてきて、目前に迫った。
その時、底に居た彼女がメダカ達とコイの間に割り込んだ。
「止めなさい。」彼女がコイに向かって叫んでいる。
しかし、大きなコイは、彼女が裏切ったと思ったのか、今度は彼女目掛けて襲ってきた。
コイに追いついたメドゥルノは、とっさに、彼女を押しのけてコイに飛び掛った。
コイの口が閉じた時の水の勢いで、彼女は底へ流され、メドゥルノの体がコイの唇に挟まれた。
コイは、メドゥルノを口に銜えたまま上へと翻る。
メドゥルノの体は、コイの唇に強く押さえつけられて、身動きが取れない。
さらに、唇は強い力で締め付けてきて、そのまま、メドゥルノの体は口の中へ吸い込まれた。
「どうして・・・。」と、彼女の泣き叫ぶ声が響いて、消えた。
メドゥルノは、音も光も無い闇に包まれた。
痛みは無かったが、息が出来なかった。
体中が渋れて来て、動かすことが出来なくなった。
闇の中に、彼女の顔が見えては消えた。
次は、水色の世界から放り出された。
すると、白い布の様なものが追いかけてきた。
次々に、色々な出来事が頭の中を過って行った。
青い鏡に映る幼き頃の仲間達が、赤い体を輝かせている。
中に、アンドリューおばさん、チカラモチおじさん、アー、ビャー、ガー、オチビ、デブッチョもいた。
そして、ヒトミの姿があった。
「皆、どうしているだろう。」
徐々に、意識が薄れていく。
徐々に、意識が薄れていく。
  「神様、ボクに、生まれてきて良かったのだと言ってください。
   ちっぽけな命だけど精一杯生きたことを認めてください。
   誰かのために生きることが出来たことを褒めてください。
   そして、ボクがこの世に生まれたことに意味はあったのですね。
   そして、ボクの一生は満足だったと信じていいのですね。」

(完)



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